努力をして結果を出しても全く満足できない本当の理由とは?

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資格などを取得したり、名誉な立場につくことを望む人は多いと思う。

この理由が自分のステップアップのためなら良いのだけど、誰かかから評価を受けたい、褒められたい動機の場合は、なかなか満足できないのが現状なんじゃないかな。

なぜなら人の評価は主観が入るから。特に近い間柄の場合は「自分」という物差しが入ってきてしまうもの。

これが毒親の場合はもっと判断が自己中心的である場合が多いので注意が必要。

もし、あなたが自分の今の状態に満足できないのであれば、一度人からの評価を捨てることをおススメしたい。

つまり、「誰かからの評価」を自分の価値観の中心にしてはダメってこと。

毒親からの良い評価をもらえる判断基準

1.私(毒親)が自慢できる⇔裏メッセージ『アナタだけが満足してはいけない』

2.私(毒親)がトクをする⇔裏メッセージ『アナタだけがトクをしてはいけない』

3.私(毒親)が幸せになる裏メッセージ『アナタだけが幸せになってはいけない』

つまり、自分で掴んだ成功やお金や幸福感を独り占めすることは許されないのだ。

『え?みんなそうなんじゃ??』いえいえ、そんなことはない。 そりゃ、余裕が出てきて寄付したり養子をもらったりして愛情を与えたりする人はいるけど、自分のことで精一杯の人が、自分すらも満たしていないのに、いくら親だからといって人に与えるなんてぜったいに無理。

それをわかっていて無茶な願いをしてくる人に真摯に対応するのもどうかしているし、誰でも100%満足させることは無理、無理〜!! とくに幸せなんていう抽象的な感覚は一生安定しない。

幸せになればなるほど次の幸せを求めたくなるものだ。

そして、タイトルの通り成功などをしても満足できないのは『内面化』といって、長い期間ずっとそのような要求を受けていた場合、最初は人の声だったのに、だんだんと期間が長くなるにつれて自分の声に移りかわってしまうからなんだ。

つまり誰からも言われなくても『昔、望まれた自分』に向けて振舞うように自分が率先して行動化してしまうのだ。その結果、評価ばかりが気になる人間の出来上がりとなる。

わけのわからない子供のうちにそんな教育を受けたことは同情に値する。 でも、大人になった今、そんな曖昧で適当な評価に自分が期待していた自分に気がつこう。

こう断言してみないか?

「私には人を幸せになど出来ない」 「でも、私は自分を幸せにならできる」 これですよ。肝心なのは。

ただし、その幸せのカタチが『人(毒親)から見た幸せ』に合わせてしまいがちなのが、アダルトチルドレンのやりがちなミス。まずは自分独自の幸せを自由に考えてみよう。それからだね。

01064koma

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