モンスターペアレンツの求めるものとは?その対処法について

先日、タイトルについてのご相談がありましたので、その回答を兼ねてレポートします。

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モンスターペアレンツの定義とは

モンスターペアレント、またはモンスターペアレンツとは、学校などに対して自己中心的かつ理不尽な要求をする親を意味する。参照:ウィキべディア

学校側と親が対等に話し合った上で協力してよりよい学校生活を送れるようになれば良いのですが、なかなかそうはいかない原因として、モンスターペアレントの存在があるのかもしれません。

しかし、このモンスターペアレントの存在を無視することは難しく、またその対応に手を焼いている先生方が多くいることも事実です。

今回はそのようなモンスターペアレントを今よりもちょっと深く理解をし、その上で対応方法を考えていきたいと思います。

まず最初に「ミュンヒハウゼン症候群」について考えていきたいと思います。

ミュンヒハウゼン症候群とは?

私たちは平凡に健やかに生きていきたいと思いながらも、求める愛などが上手く得られないような場合に、あらゆる手段を使って「求める愛を手に入れよう」とします。

たとえば、精神的に追い込まれたような時に、突然 せきのような症状が出てきたり、「辛い」、「苦しい」などと体の症状として訴えて同情や看護を求める場合があります。

もちろん、本当の症状である場合もありますが、仮病である場合も多くあります。他にも認知症の症状が出たり、怪我をしていないのに、なぜか包帯を巻いている方などもいます。

このように身体的もしくは精神的な症状が、意図的に作り出されることを「虚偽性症状」といいます。

この一例として、病院に何度もかかるような行為を繰り返す症状を「ミュンヒハウゼン症候群」といって、病気を理由に周囲からの同情やあわれみを得ようとするような行為が結構あるのです。

このような症状などは、事件性がある場合は大きな問題になりますが、そうでない場合などは「退行(幼児がえり)」のようなもので、誰にでもちょっとは持っている「人間の弱さ」ではないかと私はとらえています。

代理ミュンヒハウゼン症候群とは?

今度は前に「代理」が付きます。「代理ミュンヒハウゼン症候群」です。これは一体何でしょう?

代理ミュンヒハウゼン症候群というのは、主に病気の子供の親が甲斐甲斐しく世話する姿を世間や知り合いなどに知らしめるために、子供をわざと虐待して病院などに入院させるといった症状のことです。

これも目的は周囲からの「愛」(賞賛)であり、愛を求める形がいびつな形となって現れているのです。

アメリカでは、年間600~1000件近くの「代理によるミュンヒハウゼン症候群」の症例があるといわれ、その数は近年増加傾向にあるという。また、シュライアー博士によれば、この「代理によるミュンヒハウゼン症候群」の患者の約25%が、以前に「ミュンヒハウゼン症候群」を患っていた事が知られていると指摘する。参照:ウィキペディア

つまり、自分の満たされない愛を求める気持ちを満たすために、最初は自分が病人となって満たされていたものが、子供ができた際に今度は子供を病気にしてしまうのです。

その挙句に病気の子供の世話をした芝居をして、愛を求めるのです。

虐待された子供にとっては二重の虐待を受けるような状況を作り出しているのです。子供としては、親が幸せを感じる時間を与えるために自己犠牲的に虐待を受け、病人となる場合もあるのです。

この症状は「ミュンヒハウゼン症候群」が「代理ミュンヒハウゼン症候群」になっていくというプロセスを見ても、親子の世代をまたいで受け継がれる傾向があり、気づいた人(子供)がSOSを出して問題をおおやけにするか、自らNOと言ったり離れたりするなどしないと、いつまでもループのように世代をまたいで症状が出てくることになります。

モンスターペアレンツについて

今度は、日本ではよく聞くモンスターペアレンツですが、表現方法は違うものの「愛を求める」という動機では、「代理ミュンヒハウゼン症候群」と根っこのところは似ているのではないかと思っています。

  • 「ミュンヒハウゼン症候群」の場合は、弱さや病状を理由にして愛を求める。=愛を求めて病を患う人
  • 「モンスターペアレンツ」の場合は、権利を理由にして愛を求める。=愛を求めて怒りを表出する人

「愛」というと変な感じがしますが、大抵の人間関係の場合、文句を言っている方は「文句をぶつけたい方へ依存したい」気持ちがあるのは間違いありません。

相手に何も求めるものがない人は、わざわざ近づいていったり文句を言ったりするようなエネルギーを使いません。求めるものがあるからこそ、何かしら接触を持とうとするのです。

また、子供の問題はあるにせよ「軸は自分にある」のです。本当に子供のことを思うのであれば、子供が通う学校で揉め事を何度も起こすことはしないはずです。

本当なら、子供との日頃の会話の中で「なんかあの学校のやっていること変だね」と話せば済む話なのかもしれません。

その他にもハッピーのカタチはいろいろあるでしょう。

ですが、私たちがこのような「愛」は与えるわけにはいきません。そもそも、このような理由で愛を使うことは間違っています。 愛でコントロールすることになっていまいます。

では、それぞれについて詳しくみていきましょう。

  • 目の前の人は、「怒りたい状態」なのだと理解する=自分に向けたものではない
  • 相手の名前を呼んで会話をする(お母さんとかではなく)=相手を中心にした会話にする

相手を一人の人間として向き合い、会話することが大事です。

「○○くんのお母さん」などは、付属物のようなイメージがあり、自尊心が傷つけられる方も多いです。

  • 訴えてきている本人の今までの努力や苦労をねぎらう=相手に共感する(一部でも)
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