殺人教師事件の家族から学ぶこと『でっちあげ』書評

福田ますみさんシリーズのいわゆるモンスターペアレンツ関連の本に最近はまっています。

なにげなくニュースをみたり、ネットニュースをパッと見るだけでは興味深いニュースさえもさーっと流れていくものですね。恥ずかしながらこの事件の記憶は全くありませんでした。

一言で言うと『不思議な家族が巻き起こしたでっち上げの事件』とでも言うのでしょうか。

あらすじ

ある小学校の教師が、担任をしているクラスの生徒の親から、自分の子供が虐待を受けたという、虚偽の訴えが裁判までになって「殺人教師」と書かれて実名で報道された事件です。

この本を読む限り、この担任の先生は虐待の事実はないようです。

被害者とされた生徒もその後も元気にサッカーなどをしていたようですし、当の家族以外から出された被害もないようです。

・・・そもそも何も起きてないようなんですよね。

だからこそ、なぜここまで大きな事件となったのか、いまだに不思議な事件だと思います。

以前に読んだモンスターマザーもそうですが、なぜこのように先生と生徒家族との問題が大きくなってしまうのか、今の時代の闇を感じます。

この家族の問題は?

Genogram

こちらは、この事件を起こした家族のジェノグラム(家系図)と、先生たちの関係性を図にしたものです。

こちらをみていただくとわかりますが、この問題の中心人物は子どもではなく、母親にしています。

なぜかというと事件が起きたきっかけが、母親が先生と会話した後に学校に抗議してきたからであり、子どもはその母親の言うことに追随しているだけのようだからです。

また、この家族内での対立などはないようです。どちらかというと、家族が一体化しているイメージがあります。

つまり、母親が起こす申し立てなどに他の家族は疑問を持たずに賛成するという、融合の関係(癒着)が築かれています。

しかし、実際にはこの家族の子供は学校内で、他の生徒に暴力をふるうなどの小さい事件を起こしていて、明らかに問題児だったようです。

しかしこの家族内では、その子どもは問題児として扱われていません。

また、この家族をこのままの状態でキープするには、問題児を他に作る必要があったのではないでしょうか。

そこで登場するのが、担任の先生になります。

この担任の先生の持つ少し受け身な性格が、この母親の攻撃性にピッタリはまったのかもしれません。

もちろん、生徒の母親なので担任の先生はこの家族の一員ではありませんが、生徒家族の機能不全なシステムを継続するために、担任の先生が「問題児」としての役割を母親から与えられたように感じます。

また、ここで問題なのが、本来ならこの先生を守るはずの学校が、ほぼ全員 母親側に巻き込まれて、担任の先生を攻撃する役割を担っています。つまり、学校のシステムも機能不全だった可能性があります。

こうして、機能不全な家族から生まれた問題が、どんどん雪だるまのように大きくなってしまったのではないでしょうか。

この事件は、長い裁判をへて終わりを迎えたようです。

担任の先生に関してはすべての無実が証明されたわけではなかったようですが、この家族の思うようにはならなかったようです。

でも、この事件に関わった誰もが、今でもスッキリできずにいるのではないかと思います。

なぜかというと、この事件の「真の目的」がわからずモヤモヤとした中で「これで良いのか?」という正義感と、深追いすることの怖さの中で、うやむやになっているように思えます。

また、この事件が起きた家族の中では、裁判が終わるまでずっと本来の家族問題には全く向き合う必要がなかったであろうことからも、この事件の意味があったのかどうかさえ疑問を持ってしまいます。

trauma

今日のダイジョウブ

上の図のように、私たちがトラウマから回復しようすると、右の「トラウマにとらわれた自分」・・つまり、無罪、忠誠心、無知の状態であること、そして苦しみと義務の愛の中で生きていることに気づく必要があります。

この事件でいうと、子ども自身や父親が起こっていることの「おかしさ」に気づく必要があったのですが、トラウマにどっぷりはまっている場合は思考も働かなくて気づくことができなかったかもしれません。

そして、左の「本当の自分」に近づくために、トラウマにとらわれた自分から、勇気を持って歩き出すことになりますが、途中で何度も周囲の反対を受け、自分を責め続けるというプロセスを行ったり来たりしながら、進むことになります(途中の自分)。この作業はとても辛いことでしょう。

この事件でいうと、子ども自身や父親が母親に責められながらも「でも・・」と、問題のおかしさを指し示す必要があった・・もしくは、相手にしない(同調しない、融合されない)ことで母親自身が気づく必要があったのです。

そして最終的に家族や周囲の人々との間にしっかりとした境界線を築くことができたら、トラウマから克服して、やっと本来の自分になることができるのです。

でも、図の上にあるファンタジー(機能不全なシステム)という危険な領域に入ることがあります。これは、トラウマにとらわれた状態に居ながら、本来の問題から目をそらして、ひとときトラウマを忘れて「楽園」であり「幻想」にはまってしまうことです。

これが、この事件でいう先生を悪者にしたことによる、家族の団結なのではないでしょうか。

結局この事件の問題は、本来の家族の問題から目をそらしたことに、ある程度成功したことだったのかもしれません。・・だれもそのことに気がつかなかったというのが真実なのかも。

今回の事件のように、真の問題から目を背け、偽りの家族(悪者:先生)を作り出すことで出来上がる関係(家族)は、ファンタジーでありはかない幻想でしかないのです。そのことに誰も気づかないうちは、同じような問題やいつわりの関係を作り続けていくことになります。

だから、あなたが家族との関係に悩み、問題を提起していたり あえて問題を起こしているのであれば、きっとトラウマから脱却するために、機能不全なシステムを断ち切るプロセスの途中にいるのだと思います。

何度も行きつ戻りつを繰り返しながら、本当の自分に近づいていくのだと思います。

その過程は苦しいかもしれませんが、見ないふりをしたり迎合をして問題に目を背けていても、この事件のように本当の解決にはいたらないでしょう。

だからダイジョウブです。

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