弱いメンタルを持ちながらも「勇気」で行動するためには?

弱いメンタルを持ちながらも「勇気」で行動するためには?

弱いメンタルを持ちながらも「勇気」で行動するためには?

あなたのメンタルは強いですか?弱いですか?

ところで、あなたのメンタルは強いですか?弱いですか?

私は・・・弱くもあり、強くもある気がします。弱さが出る場面や相手などがあります。

自分がそうだからでしょうか、昔から強いメンタルの人にはあまり興味が持てないのです。
あまりにも健康的で、あまりにも大雑把で豪快で裏表なく・・そんな方はきっとトラブルも悩みも少なくてうらやましく思うことはありますけど・・・私の悩みなどまったく理解できないと思います。

今日は、こんな私のように弱いメンタルを持ちながらも、強くたくましく生きていきたいと願う方々へお伝えしたい内容です。

ここのところ、私は自分の内面が大きく変化していっていることに、自分でも驚きを隠せないでいます。内面の変化に自分の理解がついていっていないといっていいのかーー。

理由はわかりません。だから理由を知りたくてネットでパチパチ検索などをしていたら、偶然にとても素敵なお話に出会いました。

ブレネー・ブラウン「傷つく心の力」

それは、ブレネー・ブラウンという心理学を研究されている女性の演説です。

彼女は「傷つく心の力」というタイトルで、自らの研究結果を演説しとてもたくさんの方々からの共感を得ている方です。

この動画を観て、私がどうしてメンタルが弱い人に興味があるのかが理解できました。
ぜひ、日本語訳があるので動画を観てください。きっとなにか刺さるものがあるはずです。

どうでしたか?

心のもろさ 弱さを持った人は、「美しい」・・この言葉、いいですねー。すごく共感します。

例えば、芸術の世界の方やジェンダーレスの方々など、弱さを持つからこそ美しいのだと思うのです。あ、でも、なんちゃっては別ですよ。

さらにいえば、なぜ芸術の世界の方やジェンダーレスの彼ら彼女らが美しく感じるのかというと、あえてその弱さや隠しておきたいところをメンタル弱いのにあえて自己表現しているからではないかと思うのです。

つまり、「勇気」をもって、自分の弱さを「あるがまま」に表現している。

これはかなりの危険がともないますよね?批判や軽蔑、拒絶などをされる可能性は非常に高い。

でも、それを理解しながらも「これは私なんだ」と表現することをあえて選ぶこと、この弱さの中の強さ(勇気)に人の心は動くのだと思います。

だって多くの人は「自分ではできない」ということを痛いほど知っているから。

そうやって勇気で突き抜けた人に対して、人々はリスペクトするようになるんですね。

感覚を麻痺させてしまうことのデメリット

最初に私が「強いメンタルの人に興味が持てない」と書いたのは、きっと強いメンタルの持ち主自体が苦手なのではなく、弱い部分は持っているのに、それを認めないで隠すという人が苦手なのかもしれません。

このように弱いメンタルと付き合っていくために、人々がやってしまいがちなこととしてブレネー・ブラウンは、「感覚をなくしてしまうこと」という選択肢にたどり着きました。

つまり、弱さを感じなくすることで自分を守るということです。

でも、ここで問題が生じます。弱さ・・つまりネガティブな感情を感じなくしようとすると、私たちはポジティブな感情すらも感じなくなってしまうことです。ネガかポジか・・と、どちらかを選ぶことはできないのです。

弱さなどの感情を受け止めようとする人には、同時に感謝や愛などのポジティブな感情も受け入れることができるのですが、弱さを受け止めようとしないと、感謝や愛などのポジティブな感情も受け入れられなくなってしまうということなのです。

all-or-nothing

例えば、さきほどの「なんちゃって強いメンタル」の人は、自分を守ることに精一杯になって、自慢や楽しそうな雰囲気を出そうとしますが、ちっとも楽しそうじゃない方などもたまに散見することがあります。そんなことなのだろうと思います。

勇気を支えるのは自己肯定感

結局、どんな批判や拒絶に合う可能性があっても、自己表現していく強さを持つには、拒絶や批判をされても「やっぱり私は最低だー」ではなく「それでも私はこういう人間なんだ」というところに戻れる強さが必要になってきます。

その強さのもとは、やっぱり自己肯定感なのだと思います。

これは、育ちによっても大きく自己肯定感のあるなしは違ってきます。でも、ここでこの話に触れてしまうととても長くなるので今日はスルッといきますね。

(詳しく知りたい方はアダルトチルドレンのカテゴリーをご覧ください。この記事の一番下にもオススメ記事があります)

どっちにしても、過去のたりない部分(無償の愛)にフォーカスしても問題は解決できませんね。

これからは、自分自身で自分のやってきたこと、努力、辛くても逃げながらでも生きてきたことをみずから褒める時間を多く作りましょう。

だって、どんなに愛する人や腕の良いカウンセラーでも、あなた以上にあなたの苦しみや努力を知っている人はいません。だからこそ、自分で自分を褒めて癒すのは大事なのです。

弱いメンタルでも勇気を持ってありのままの自分を表現する方法

ブレネー・ブラウンの演説の中にはその答えはありませんでした。現在彼女の書籍を注文しています。

この中に答えがあるかもしれませんが、私なりに考えた方法を、今日はお伝えします。

勇気レベルをアップさせていく

勇気を5段階に分けて、勇気レベルの低いものから達成していく。

このような練習をしてみてはいかがでしょうか?

例えば、勇気レベル1は、「お店の予約をする」だったとします。もし、お店が忙しくて電話の対応が悪かったらどうしようとか、予約がいっぱいだった時のNOを言われる恐怖がある人の場合は、勇気が必要なレベルになります。

このように勇気レベル1から勇気レベル5までを何個も記入していきます。

勇気レベル5などは、それこそ愛の告白(NOの可能性を受け止める勇気)だとか、人間ドックに入る(病気の可能性を受け止める勇気)などになるでしょう。

でも、まず勇気レベル5からはじめようとすると、とても大変な作業になりますから、まずは勇気レベル1の項目をストレスなくこなせるまで繰り返してみて、次に勇気レベル2・・・といった具合にレベルアップしていくのです。

こうすれば、今まで怖くて仕方なかったことも、勇気を出す練習によってクリアしていけるようになるかもしれません。

勇気レベル5

(例)愛を告白する、病院に行く、会社を辞める

勇気レベル4

(例)上司に異議をとなえる、愛を終わらせる

勇気レベル3

(例)カミングアウトする、家族に反論する

勇気レベル2

(例)交流会に参加する、異性を誘う

勇気レベル1

(例)お店の予約をする、友人を誘う

 今日のダイジョウブ!

メンタルが弱いとか、コミュニケーション能力がないというと、まるで問題児のように批判されることがありますが、それはちょっと違うと私は思っています。

なぜなら、感情を麻痺させた人が、感情を受け止めようとしている勇気ある人を批判しているに過ぎないからです。

中島みゆきのファイトという歌にこんな歌詞があります。

「ファイト! 闘う君の唄を闘わない奴等が笑うだろう」

まさにこれだと思います。必死で弱さを隠す人に、あなたが弱い部分を見せれば、こういった批判などが起きてしまうのです。自分を守るために相手を攻撃するってことですね。

これは学校の先生と生徒、カウンセラーとクライエント、上司と部下などの上下関係などを伴う関係で、とくに上の人に自覚がないと必ず出てくる判断ミスであり、あやまちです。

本当にメンタルが強い人は、あえて弱い人を批判したり見下したりはしません。

どうぞ、このような批判を受けた時は「私は勇気であなたの弱さを受け取ってあげたわ」と心の中で叫びながら、笑ってやってください。

自分の弱さを認めた分だけ、あなたの方がかなりリードしていることは明らかなのです。

だからダイジョウブなのです。

更新情報などメルマガにてお知らせします。

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