やっぱり『一般論』ほどあてにならないものはない!

こんにちは!ダイジョウ部のカミ・トモです。

あなたは『◯歳になったら◯◯しないと』『◯◯をやったら終わりだよ』などの『一般論』を言いますか?

もしくは言われますか?

私はこの一般論が大嫌いですね。ちょっとこの一般論について考えてみましょう。

この世を生きにくくさせる面倒な思考『一般論』

この世を生きていく上で、一番と言っていいほど面倒な思考って『一般論』だと思いませんか?

人を年齢とか性別、勤め先などだけで方向づけをしてしまうこと。

『すべき思考』の極致、マックス!といった感じがします。

でも、『一般論』って、すごい強い力を持っているように思います。

『◯歳になったら◯◯しないと』

『◯◯をやったら終わりだよ』などなど数え切れないほど『一般論』ってありますよね。

こういった太古からのハウツーを2017年の今になっても大切に引き継いでいるように思います。

しかし、この『一般論』に全て当てはまる生き方って、幸せなんでしょうか?

『失敗』は『一般論』から見た結果

例えば、『失敗』って言葉がありますよね。

この言葉も、多くの場合『一般論』から見た結果なのではないかと思うのです。

例えば、何かの企画を担当してその企画がうまくいかなかった。そのせいでリストラにあった。
これを『失敗』というのでしょうか?

でも、ユニクロの柳井さんは、書籍の中で『十回新しいことを始めれば九回は失敗する。』と言っています。

ユニクロは昔、野菜の販売などをしてましたよね。今はやってないので、それは失敗なのかもしれません。

でも、ユニクロはしっかりと現存しています。失敗の痛手を今でも負っているようには思えませんし、今の経営にもその失敗は生かされていると思います。

ということは、『失敗』ではなく、『学習』だと思うのです。

だから、さっきの企画の失敗によるリストラも、人生の上での『学習』なのです。

何も失敗していない人よりも、ちょっと柳井さんに近づいたと言えるかもしれません。

『負け組』は『一般論』から見た状態

また、『負け組』という言葉がありますが、これも人々を脅かす言葉ですよね。そしてなるべく『負け組』にならないために努力することがありますよね。

でも、よく考えたら『負け組』『勝ち組』のような、勝敗をつけることの意味は何でしょう?
結局、『一般論』に踊らされ、脅かされているだけだと思いませんか?

『負け組』『勝ち組』ではなく、私たちは『平等』だと思うのです。

『ドン底』も『一般論』から見た一時的な状態

また、『ドン底』だと落ち込むことがあります。これも『一般論』から見た一時的な状態なのではないでしょうか?

誰でも落ち込む時期や情けない結果しか出ない時期はあります。
でも多くの場合、時間の経過や何かのキッカケによって状況が好転していく経験を何度も経験していませんか?

だから、『ドン底』ではなく『これから』上がるのみと考えたら良いのではないでしょうか?

『一般論』は出る杭を打つためのもの?

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そもそも『一般論』って誰が決めたのかわからないし、すごく保守的だし、なんかすごく気味が悪いと思いませんか?

暗黙のネガティブなルールのようなもので、『出る杭』を作らないようにしている制度のように感じます。

つまり、この『一般論』に縛られている限り、私たちはユニクロの柳井さんのようにはなれないと思うのです。

そして、この『一般論』を守りきったところで、きっと達成感は少なく、最終的に『当たり前すぎる人間』が出来上がるように思います。

これからは『一般論』を使う人ではなく、あなたの独自性を理解してくれる人を探そう

私は『一般論』を重んじる人に文句が言いたいのではありません。

もちろんそう言った考え方もあると認めつつ、違う価値観があっても良いと思うのです。

一番まずいのは、違った価値観がありながらも長いものには巻かれろ方式で、違う自分を演じていること、そしてそれによって神経をすり減らしていることじゃないかと思うのです。

そうなると『何のための一般論?』となるのです。

もし、これから自分らしさや長所を生かしたいのであれば、『一般論』を使う人には近寄らない方が良いと思います。

そして、あなたの個性や長所をしっかりと理解してくれる人を何が何でも探しましょう。探し当てるまでは、ひとりぼっちの方がマシです。

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