大人になるとは、傷つく可能性を受け入れること

こんにちは!ダイジョウ部のカミ・トモです。

子供の頃は、大人になれば傷つかなくなるとだろうと思ったものです。

ところが大人になるとは、傷つく可能性を受け入れることなのです。

生きるとは生身をさらすことなのですから。 

マデレイン・レングル

『この歳になれば、きっと私も成熟した大人になっているだろう』って、何歳になっても思うものです。

もしかすると70歳くらいになってもそんなことを思っているのではないでしょうか。

最近の強い人のイメージ

あまり政治などには強くないのですが、最近のトップ、、、つまりトランプとか隣国のトップなど、何ていうのでしょう?すごく強者のシンプルで古典的なイメージだと思いませんか?

企業のトップなどが必死で社員の気持ちに寄り添う勉強をしているというのに、お国のトップなどは『俺様!!』的な人がトップになる流れになっています。

私はこのような『俺様!!』的な人は本当に強いのではないと思っています。

自分自身の経験からも、本当に余裕のある人は『俺様!!』的にはならないと思うのです。

権力や体力的な強さ、背景や身につけた鎧(よろい)によって、下のものを従わせる。

幼児でさえも思いつくようなシンプルな考え方であり、浅い考え方だと思います。

子供の頃に感じた『強さ』というのは、もしかするとこういった鋼(ハガネ)のような強さだったのかもしれません。

でも、鋼(ハガネ)は周囲の人たちを傷つけてしまう可能性があります。それは本物の強さではありません。

冒頭にも書きましたが

大人になるとは、傷つく可能性を受け入れること

本当の強さとは、傷つくことを避けたり、見ないふりをすることではないと思います。

傷つかないように、ヨロイを着込むことでも、シェルターを作ることでもありません。

ましてや、爆弾や核をつくることでは絶対にありません。

人は傷つくもんだ。だって私が傷ついてきたのだから。

と認めることだと思います。

そうすれば、強さを示すために誰かに拳を振り上げて脅す必要もなくなるし、弱まった人にはは救いの手を差し伸べることができます。

今日のダイジョウブ!

 傷つくかどうか 〈 ポリシー(信念)

要するに、本当に大事なのは、『傷つくかどうか』ではなく、『どういったポリシーいわゆる自分の軸となるものを大事にして生きていくか』だと思うのです。

いかなる圧力にも負けないのは、自分の信念(ポリシー)です。

でも、このポリシー以上に傷つくかどうかが大事になると、今の流れのような『強さ勝負』『力自慢』ということになってしまうのだと思います。

つまりのつまり、自分の強さを誇示する人は、本当はポリシーのない弱い人たちなのだと思えば、あなたが傷つく必要もないってことになります。

また、もしあなたが傷つくかどうかにとらわれてしまうならば、あなたにはまだ傷を受け入れる覚悟ができていなくて、傷から逃げ回っているから怖いのです。

これからは、傷つくことへの怖さを行動の基準にしないで、あなたのポリシーを基準に前を向いて進みましょう!

それなら巻き込まれる心配はありません。ダイジョウブ!

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