もしかして私って発達障害?どこをどうなおしたら良いの?

こんにちは!ダイジョウ部のカミ・トモです。

最近、大人の発達障害という症状名が流行っていますね。

当然ですが、この流れによって『私って大人の発達障害かしら?』と感じている人も増えています。

発達障害も、摂食障害も、うつも、ACも根っこは同じ?

うつ病の人が、お医者さんに診断された途端に肩の荷が下りたという話はよく聞きます。
アダルトチルドレンもきっとそうでしょう。他の症状の方も同じですね。

ただ、私はこのような症状の根っこのところは同じだと思っています。

発達障害は脳の機能に問題があると言われていますが、もしそれでも楽しい毎日ならばその問題で立ち止まる事はないと思うのです。これは他の症状もそうです。

自分のおかしい言動に気づき、『なぜ?』と立ち止まる。これはすべての症状も同じです。

発達障害も、摂食障害も、うつも、ACも。

つまり、『心が痛い』『生きにくい』ってことですよね?

たぶん上のどれかに当てはまると思っている人は、その他の症状チェックをしても当てはまると思います。

余計なものを取り除いていくと、『今が生きにくい』にたどり着くと思います。

症状にスポットライトが当たる今の流れ

今は、この生きにくさをどの症状に当てはめるのか?ってことにスポットライトが当たっているように思います。

『当たってます!その通りです!』って、もう占いみたいに。

ただ、このような流行りの症状に自分のおかしいと感じているところを合わせて行動するなり、病院に行くなりしていると、次々と流行りの症状名に飛びついて、病院などをぐるぐるめぐってしまうのではないかと感じるのです。

そこで対処療法的なことを繰り返す。ということになります。

もしこのような病名や症状名をもらってメリットを感じる人であれば、この流れも問題はないのかもしれませんが、本当に辛いと思っている人は、安易にこの流れに乗ることはあまりお勧めできません。

なぜなら、解決には程遠いことをしているようにしか思えないからです。

なぜ症状とか原因とかにスポットライトが当たるのか?

では、なぜ症状とか原因とかにスポットライトが当たるのかというと、なんだと思いますか?

それは、『そっちを見ている方がラクだから』です。

そっちというのは、症状とか原因、つまり表面的なパッケージ名や過去の原因追求です。
つまり一番大事な『今の自分』からなるべく離れたところにあるものです。

もし、『今の生きにくさ』を突き詰めていくと、たぶん『自分』にたどり着きます。
これは自分が悪いというわけではないです。

何かしらのボタンの掛け違いがあって、今の自分は辛くなっているということです。
このボタンの掛け違いを、一度全部外してからとめ直すは結構めんどうです。

実際の服のボタンならやるでしょうけど、今までの数十年の人生の掛け違いを直すのは大変です。また、誰もがお手伝いできることではありません。

だから、そこに取り組むのをやめて、新しい服を用意するんですね。
新しい服というのは、新しい症状名であり、流行りのキーワードです。

今は、核となる自分からなるべく離れたところを扱うという流れになっているように思います。

それは悩んでいる本人にとっても一時的には逃れられたという安心感もありますし、サービスを提供する側も真の問題に取り組むよりは、表面的なパッケージ名を与えている方が楽だからではないでしょうか?

核心よりも周囲をフワフワっと漂っている感じが、今の時代は良いのでしょうか。

そのことで余計に複雑化して、取り組むべき問題が隠れてしまっている気がします。

でも、扱うのはシンプルに『心』です。症状名ではありません。

今日のダイジョウブ!

もし、この流れがおかしいと感じるなら、『自分はどうなりたいのか?』についてシンプルに考えてみましょう。

症状名をもらって、何かの申請をすることが必要なのか?

症状名をもらって、自分なりに納得したいのか?

今の自分に取り組んで、違う生き方をしたいのか?

目的によってやり方は大きく違ってきます。

例えば、いくら高級で素敵な洋服を買っても、体がタプタプだったらきっと素敵には見えないでしょう?

それでも新しい服を買い続けますか?

それともまずは体を鍛えますか?

あなたはどうなりたいのですか?

ダイジョウブ!あなたの心で決めたら良いのです。

もうそこから始まっているのです。

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