トラウマから回復するまでのプロセス

こんにちは!ダイジョウ部のカミ・トモです。

もし、あなたが生きにくさを感じているなら、何かのトラウマを抱えているのではないかと思います。

なぜそう思うかというと、このサイトに来ていただく方はかなりセルフカウンセリングが進んだ方が多いので、きっとトラウマまでたどり着いているのだと思います。

性格的に真面目な方で真剣に問題に取り組む方。

問題に取り組むというのは、主にトラウマ、つまり『自分』と向き合い、『過去』にも向き合うという、少々痛い作業に取り組んでいるか、これから取り組もうとしているのだと思います。

私は別サイトも運営していますが、そちらは完全に『現在』と『未来』に焦点を当てています。

同じような悩みを持つ方の中にも、『自分』や『過去』には向き合いたくはないと思う方も多くいるのです。

だから、そちらのサイトでは行動療法を使って、『あれこれ考える前に、一人でドコドコへ行ってきてください。』という指示を出させてもらっています。

こうして行動していくことで、内省もできるし行動することで現状を打開するっていう方法です。

このようなやり方では『本質的に問題の解決になっていないのではないか?』と思われるかもしれませんが、私は問題を解決さえすればラクになったり幸せになるのではないように思えるのです。

『私はこれで生きて行く』と胸をはれることが何よりも大事で、そのために本質的な問題を解決する人もいれば、時々の気分を晴らしたり上げていくことでOKな人もいて、どっちも良いと思います。

では、ここではトラウマから回復するにはどうしたら良いかを考えてみます。

これはだいぶ昔に西尾和美さんの著書からメモしたものを参照しています。

トラウマからの回復のプロセス

トラウマにとらわれた自分

まずは、トラウマにとらわれた自分。

これこそがスタート、正確に言えばすでにトラウマ(傷)を負っているところからのスタートです。

『おかしいなー』『苦しいな・・』『なんで私だけ?』といった生きづらさを感じているんですね。

こう思うということは、周囲の人とうまくいかなかったり、浮いたりしていることでの『気付き』から始まります。

なぜ苦しいのかというと、イラストに『義務の愛』とありますように、本当の気持ちからのものではなくて、必要があって無理に愛を提供しているといった無理が、自分自身を苦しめます。

慣れてくると、『義務の愛』が『本物の愛』だと解釈するようになってきます。これが後で説明するファンタジーです。

途中の自分

トラウマにとらわれた自分に気づき本当の自分を取り戻すには、何度も行ったり来たりを繰り返します。

カウンセリングをしていても、何度も揺り戻しが起きます。以前のトラウマにとらわれた自分の方が歴史も長いし、今まで一緒にいた人はそんなあなたを応援しているので、日常の生活に戻ると、あっという間に戻ってしまいます。

感情的にも非常に不安定となりますので、タイミングを見ること、支援者と進むことなどが必要な場合もあります。

あなたをもとに戻す効き目のあるメッセージは

どうしちゃったの?あなたは優しい●●ちゃんじゃないのー〜!?

こういった他者からのメッセージや、自分の弱さと戦うのが、このプロセスです。

本当の自分

トラウマにとらわれた自分に気付き、変わる決意をし、途中では揺り戻しなどを何度も体験しながらたどり着く先が、『本当の自分』です。

トラウマを抱えた人にとっては、『本当の自分』に戻ることがこんなにも大変だってことですね。

だからこそ、早いうちに戻ればその距離は少ないってことです。

でも、考えたら本当の自分を生きていない、偽りの自分でいるということは、後でこれほど苦労するということなんですね。

せめて今日から少しでも改善していきたいものです。愛想笑いをしたり、ごっついヨロイを付けてる方はとくに。

また、プロセスを経てここまで自分で戦ったのですから、少々のことでは折れない強さもしなやかさも養われています。

また、自分が確立されるからこそ、自分と相手の境界線を確立できます。

土足で踏み込んでくる人がいても、しっかりとNOと言えることができるのです。

機能不全なシステム

ただし、トラウマを抱えながらも自分に向き合わず、偽の問題解決法を選んだ場合は、このファンタジーと名付けられている別のプロセスに行ってしまいます。

ファンタジーとは空想、幻想ですから、英語で言うとリアル(現実)の逆ってことになります。

幸せだって思い込むとか、幸せなフリをするとか、ですね。

これは誰でも何度かは経験することかもしれませんが、あまりにも現実と差がありすぎたり、やりすぎてクセになってしまうと、だんだん自覚がなくなってしまいます。

つまり最初の『トラウマに対する気付き』がなくなるけど、『おかしい』とか『苦しい』という感情からは解放されないということです。

ちょっと思いついたファンタジーの例としては

SNSでアピール・・でも、本当は違うって自分ではわかってる・・

ポジティブ教・・でも、一人になるとぐったり?

自己啓発に夢中・・言ってることとやってることが何か違う?

過補償(かほしょう)・・高すぎる理想に向かって辛すぎる努力?

例えばですが、このような方法を使って自分を高めようと思っていても、何か辛いならば、もしかするとそれはファンタジーなのかも??

また、それに自分では気づいているのが辛いですよね。

今日のダイジョウブ!

私が担当したのではないですが、ある知人が半年くらいかけて、このトラウマに取り組んでいました。

そして、最終的に『変わったな』と感じたのは、『仕事を失っても、自分がなくなるわけじゃない。生きるためになんでもする』と言っていたことからです。

これは自分を信頼しているからこそ言えるセリフです。ここまでにいたるには相当な自分との葛藤もあったと思います。

このようにトラウマを抱えた自分を扱うには、かなりの気力と体力がいります。

なぜかというと、今までの生き方、スタイルを大きく変えていくからです。

そうなると、付き合う人たちも変わっていく可能性もあるからです。一時的には一人ぼっちになるかもしれません。

ただ、辛いかもしれないけど、あえてその道を進もうとする姿勢は素晴らしいと思うし、その先にはきっと悩んだことのない人よりもずっと高いところからの景色が見られると思っています。

また、そう言った人たちが『生きるのが下手な人』とか『変な人』などとバッサリと区分けされてしまうのは、もったいないと思っています。

だからダイジョウブ!見ている人は見ているのだ!

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