「孤独死の何が悪い」江原啓之氏の意見について

こんにちは!ダイジョウ部のカミ・トモです。

孤独死について江原さんが面白い意見を展開されています。

TOKYO MXの人気情報番組『5時に夢中!』でコメンテーターをつとめるスピリチュアカウンセラー・江原啓之(52)が5月31日、「孤独死の何が悪い?」「人は死ぬときはひとり」と持論を展開した。
「NHKが悪い。孤独死、孤独死って(ドキュメント番組などで煽りすぎ)」と口を開いた。
「一人で死んではいけないんでしょうか? 一人で死ぬのは悪ではない」と持論を展開。「一人旅は寂しい人、一人でご飯を食べているだけで可哀想となるが、そんなことはない、偏見」と厳しく批判した。
エキサイトニュース 

このような一般論と全く逆の立場の意見を持つことはとても勇気がいります。

特に日本人のような一緒に同じ方向を向く傾向があるタイプの人たちの中で、窮屈な思いをしている少数の持論を持つ人たちにとっては、大きな支えとなる一言だと思います。

お年寄りは意外にも孤独死を受け止めている?

この番組(6/14放送分)では、巣鴨のお年寄りに『孤独死について』のインタビューをしています。

そこでは、お年寄りの60%超が『孤独死もアリ』だという回答となっていました。

これで分かるのは、一番死に近いお年寄りは意外にも孤独死を受け止めているということなんですね。
そりゃベストな形ではないことをわかっての回答だと思いますけど、現実を受け止めているってことですね。

また、このインタビューに答えていたある女性のお年寄りに対して、江原さんの持論

『娘に看取って欲しい』という意見があったけど、娘には娘の生活とか人生とかあるでしょう?
孤独死が悪いという世論になってしまうと、『じゃあ誰かに』と依存しようとするから問題。

このような意見を言われてましたね。

確かにこの不安から依存というのは生まれるのかもしれないですね。

人生もそれぞれ、孤独死もそれぞれ

私たちの恐怖の最たるものは、『死』なのかもしれません。他にもあるとは思いますが。

そして、その『死』が誰にも気づかれずに放置される恐怖というのは、さらに何倍も膨らんでいきますね。

ただ、悲しいかな生前に一人で生きている人には、孤独死というテーマは必ずあるはずだし、仕方がないと思うんですね。
また、お年寄りになっても大人気で周りにいつも人がいる人なら、孤独死とはならないはずです。

つまり、『死』というのはその場面だけが特別なものなのではなくて、今の生き方の延長であるに過ぎないということなんですよね。

だから、孤独死が嫌でパートナーを探すのももちろん選択肢の一つだし、孤独死を防ぐためのサービスがあるならばそれを受けることを元気なうちに考えておくことも画期的だと思います。

ただ、これはお互いの意思だったり、お金の問題が互いに納得して合意できているからこその結果であって、そこに『権利や義務』が入ると、権利や義務を押し付けられる方はたまりません。

つまり、それが先ほどの江原さんの言う依存であって、その強制として『関係性』という逃げられない権利や義務を使ったとすれば、それはもう一種の奴隷のようなものになってしまいます。

私たちは、形で見える関係性をとても重視します。家族がいるから、パートナーがいるから、一人だから、と。
その先に幸せだとか、不幸だとかがついていくものだと信じています。

この信仰って、かなり強いように感じます。

でも、本当はその中身、つまり関係性の中身やその方の生き方やあり方が重要だと思うのです。

良好な関係を築いてもいないのに、ハリボテのような見せるだけの関係性で無理やり理想のカタチを強行しようとすると、たちまちボロが出てくるだけのことなんです。

それは吉本新喜劇の舞台みたいなもので、簡単に分解できてしまうってことなんですよね。だからこそ、それを維持するのは難しいということです。

つまり、孤独死だって本当はその方が満足して死んでいるのであれば、それはそれで良しなんだし、多くの人に囲まれながらも『あいつが憎い、お金をやりたくない』などと思って死ぬのであれば、それは良しなんだろうか?と疑問に思います。

孤独死というネーミング

誰が名付けたのかは知りませんが、この孤独死と名付けた人はきっと一人で死ぬことのわびしさ、寂しさを象徴した名前にしたのだと思います。

ただ、先ほどの江原さんの『煽っている』発言のように、人を恐怖によってネガティブな気分にさせて思った方向へ動かそうとするのは、とても低レベルな手法だと思います。

『孤独死が嫌だから●●しよう』というマイナスからの問題提起のカタチです。

でも、この孤独死という名前が合わないような生き方をして死んでいく人が増えていけば、この孤独死という恐ろしいネーミングはこれからどんどん変化していくのだと思います。

今日のダイジョウブ!

ちょっと重いテーマでした。。

ただ、誰でも理想の生き方、理想の死に方はあるのだと思います。

でも、それが死ぬときだからといって特別になるってことはないのだと思います。

今の生き方がその先の未来に繋がるしかないように、死に方も今の生き方の延長線上です。

無茶な理想を死だけに求めることは、依存につながり生きる苦しみとなるように思います。

だから、ダイジョウブ!先を案じるより今を自分の力で満たすこと!

※今回は、孤立死などの孤独死後の後処理のことなどと一緒に考えると、問題がとても複雑になりますので、今回は孤独死のメンタル面での見解をお伝えしました。

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