『見返り求め隊』をやめたら楽になる!?

こんにちは!ダイジョウ部のカミ・トモです。

このところワイドショーでの泥沼離婚劇の方もそうですが、私たちは多かれ少なかれ何かをしてあげた相手に対して見返りを求めてしまうことがあります。

なぜ見返りを求めるのか?

なぜパートナーに対して秘密を暴露して恥をかかせるようなことをするのか、疑問視している方が多くいます。

『これは愛じゃない』と発言されている人もいました。

確かに純粋な愛ではないと思います。というか、この女性は愛することが何なのかという認識がズレているのだと思います。

『愛しているなら私のために時間を使って』

『愛しているなら私のためにお金を使って』

『愛しているなら私のせいで不幸にもなって』

このような考えは、まさにタイトルのように『見返りを求める』考え方で、ギブアンドテイク、というよりは『代償を払え!』という請求に他なりません。いわゆる搾取する人です。

そして、相手も愛があるうちは求めるものを与えることもできますが、いつかは何も無くなって、愛も無くなって離れていくという結末が待っています。

私たちも、あれ程ではなくても『見返り』を求めているのであれば、すぐにやめなければならないと思います。

なぜ見返りを求めてはいけないのか?

このような話をすると『なぜこちらから与えたものを返してもらってはいけないの?』と思う方もいるかもしれません。

なぜダメなのかというと、『こちらから与えた』という選択は与える方がしているからです。

つまり、自分が与えたくて与えて良い気分になれた。なのに、さらにお返しを求めるということは、『良い気分』と『代償』の2重取りをしていることになるからです。

こちらが愛したくて愛したのに、相手の気持ちが離れたら『裏切られた』と恨み代償を求める。

このような考え方をしているというだけで、愛されるという需要は極めて少ない性格傾向なんだという自覚は必要だと思います。

また、相手の立場から考えると、このような見返りを求めてしまうタイプ、つまり『クレクレ』の方とはなるべくご縁を結ばない方がいいですね。

今日のダイジョウブ!

今って、自分のことだけでも精一杯頑張らないと生きられないと思うんです。

それは老若男女誰でも。また、お金もメンタル的にも。

だからこそ、誰かが誰かにしなだれ掛かると、そこからドミノ倒しが始まってしまうように思うのです。

だから本当は、倒れそうになっても歯を食いしばって自分の足で立たなくてはいけないのだと思います。

それなのに

『男なんだからしっかりしろ』と言いつつ『私のことを何とかしろ』と思っている。

『長男だからこれをしろ』と言いつつ『私の夢を叶えろ』と思っている。

今まではこのようなある意味身勝手な要求が、当たり前のように受け入れられてきたのだと思います。

でも、これは間違いなく見返り求め隊の考え方ですね。

もし、この見返りを支払うことができない場合、『落伍者』となるのか『親不孝』となるのかわかりませんが、なんとも身勝手な考え方です。

そしてその先には、『落伍者』として開き直った相手の反撃が始まるように思います。

求めた相手がどんな気持ちでいるのか、どれだけ辛いのかを考える余裕を持ってください。

せめて見返りの矢印を、自分に対して向けるようにすれば、他人に迷惑はかけなくて済むでしょう。

だから、ダイジョウブ!

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