性善説で身近な人を信じてきた結果、人間不信になっていませんか?

性善説で身近な人を信じてきた結果、人間不信になっていませんか?

 

こんにちは!ダイジョウ部のカミ・トモです。

 

今、日本を含む世界の情勢はとても危うい状態になっています。

 

やっぱり隣国だったんだな・・と思わずにはいられない状況ですね。

 

一人の危険人物とも言える人間を取り囲み、世界がキリキリしている。うーん。なすすべなしっ。

 

ここには『性善説』というのは通用しない状況です。

 

『性善説』から危険人物と心を通わせようとしていませんか?

もしや、あなたはこのような相手と心を通わせようとしていませんか?

 

 

私たちの生活に目を向けてみると、ここまでの危険人物はいないとしても、あなたの自尊心を揺るがしたり、自由な意思を邪魔をしようとする危険人物はきっといると思います。

 

よく、その危険人物に対して『変わって欲しい』『誰かに何とかしてほしい』という思いを持つ人がいるようですが、冷静に考えてみると、このような人に自分の過ちを認めさせ謝ってもらう、もしくは態度を改めてもらうことは、果たして現実的でしょうか?

 

無理ですよね???

 

例えば、隣国のトップは今までのことを謝るでしょうか?態度を改めるでしょうか?

 

これは、あなたの身近な人がそれほど悪い人間なのだ!ということを言いたいのではありません。

 

そもそも『自分は悪くない』と思っている人に謝らせたり、態度を変えさせようとすること自体がおかしな要求なのだということに気づく必要があるってことなんです。

 

それこそが、あなた自身もその相手を何らかの手段を使って、自分の思う通りにしようとしていることに気がつくことなんです。

 

つまりコントロール合戦になっているってことなんです。これのどこが性善説??

 

そして、『自分は悪くない』と思っている人にそうしていつまでもこだわり続けることは、あなた自身が自分に被害を与える相手に対して、正しい対処をしていないことにも気づく必要があります。

 

『人は変わるはず』という期待を捨てられないジレンマ

 

つまり、『人は変わるはず』という期待を捨てられないという問題が、あなたにはあるのです。

 

残念ですが、『人は変わらない』のです。

 

特に『自分は悪くない』と思っている人は絶対に変わりません。

 

 

これはいくら素晴らしい職業や立場の人でも、親密な家族だったとしてもです。

 

先ほどの隣国のトップに話を戻すと、私たちや隣国の国民は多分そのトップに謝って欲しいとは思っていないですよね?

 

 

なぜかというと『何も期待していない』からだと思います。

 

 

そうなると、『せめて自分からは離れて欲しい』ってくらいしか思えませんよね。

 

 

でも、この距離感は危険人物に対するにあたっては、非常に重要なのです。

 

今日のダイジョウブ!

犯罪心理学などでは、犯罪者の心理などを解明しますが、私は自覚がありながら人を傷つける、身勝手なエゴで振り回す人を理解しようとする気持ちはまったくありません。

 

 

そもそも理解する気がないので、あとはどう法的処置を取るのかどう警察に頼るのか、などのような対処をするしかないと思っています。

 

 

なぜなら何度も言っているように『変わろうとしない人は変わらない』からです。

 

 

残るは被害者が自分自身をどう守るか、その人に頼らずに自分で生きるかなんです。

 

どっちかが加害者で被害者となる関係は、持たないほうがいいのです。

 

また、当の被害者がその加害者を『本当はいい人なんです』って味方するならば、こちらはどうしようも出来ないのです。

 

まずは、まちがいなくあなたがこの状況を選んでいることに気づいてください。

その時点であなたは被害者ではなくなります。

 

もし、あなたが今の状況を辛い、危険だと思うなら、まずは自分を守ることを考えてください。

そのためにその場を離れることや環境を変えることなどをまず考えましょう。

 

間違っても相手が変わって幸せになる、という妄想はもう捨てましょう。それならダイジョウブ!