AC(アダルトチルドレン)はなぜ楽しむことができないのか?

AC(アダルトチルドレン)はなぜ楽しむことができないのか?

よく、AC(アダルトチルドレン)の方は『何が楽しいのかがわからない』と本当によく言われます。

 

もちろん私もACなので意味はわかります。単純に言うと『楽しい』とか『わくわくする』と言う軸で選択してこなかったからです。

 

その結果、なんだかつまんないことになっているのです。

 

今まで『べき』思考の元で、本音はイヤイヤ何かを選択し、継続してきたおかげで何が楽しいのかがわからなくなったんですね。

 

でも、だからと言って『楽しいだろう』と言う一般論で遊園地に行けば楽しいのかと言うと、違うのです。

 

もし、誰かに遊園地に連れていかれたとしたら、多くのACは楽しそうに振舞いますが、内心は楽しそうにしなければならないって気持ちでいっぱいになって余計に疲れます。結果的に遊園地は楽しくはなくなります。

 

だから、楽しいことを探す努力をする前に、まずは『べき思考』を改めることが必要なんですね。

 

でも、これまた多くのACは頭で理解しないと納得できないところがあるので、楽しむことの必要性を説明する必要があるのだと思います。

 

私が『楽しむ』に至った経験

 

以前に、何もかもうまくいかないと感じることがあって、その時にどう言う結論に至ったかと言うと?

 

 

 

『こうなったら楽しもう』と言うことでした。

 

楽しむと言うのは、私の中では初めて出てきた答えだったと思います。それまでは、何かがうまくいかないと、なるべく自分から離れたところへ行く努力をしていました。

 

『自分らしくない振る舞いをする』とか

『自分らしくない選択をする』など。

 

でも、それを全てやってもうまくいかない時も来るもんだと感じた時に、最後に残るのは『楽しむ』ことでした。

 

それくらい追い詰められないと、ACは楽しむことが出来ないのでしょう。きっと。

 

ある時、ひょいと出てきた『楽しもう』と言う感情ですが、これを受け入れた途端に肩の力がストーンと落ちていきました。今までこれほどに力を入れていたのか!と思うほど。

 

そして、その悩み、、つまりうまくいかないと感じていた理由が、『楽しんでやっていない』ことだとわかったんです。

 

『論語』にある『知好楽』

 

 

孔子は、数々の素晴らしい言葉を残している方なのですが、その言葉の中に『楽しむ』ことの必要性を説いたものがあります。

 

『子曰く、これを知る者は、これを好む者に如かず。これを好む者は、これを楽しむ者に如かず』論語

 

これは、知識や理解することよりも好きでやることが大事だよ。でも、好きでやりたい!ってことよりも、楽しんでやっているよ!って心から思えることが何よりも大事だし、長続きするよ。ってことだと思うのです。

 

多くのACは、最初の『知』にとどまっていて、その先の『好』や『楽』まではたどり着いていないのだと思います。

 

結局、好きでもないから楽しくもないので、長続きしないし、目移りもしやすいのだと思うのです。

 

また、中には『好きでやっているよ』と思っていることも、実は褒められたいなどの別の目的があるせいで、楽しめてないってことが多いように思います。

 

今日のダイジョウブ!

 

あなたは楽しんでいますか?

 

もし楽しめていないなら、今までに『べき』で選択したことを見つめ直しましょう。

 

また、『べき』を強要する人の真意を探ってみましょう。

 

『べき』は人をコントロールするのにはとても有効ですが、楽しませる力はほとんどないようです。

 

もし、これからの人生の残りを楽しみたいと言う願いがあるなら、あなたの中で『楽しむ』ことに対する『べき』思考のブロックを外してあげましょう。

 

そして、何よりも『べき』思考の人からは離れましょう。それは相手の問題であり、あなたは巻き添えにあっているだけなのです。

 

あなたが楽しもうが『すべき』ことをやろうが、あなたが決めてダイジョウブなんです!

 

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