「どんな人生にも意味がある」ACとしてフランクルを解釈する

「どんな人生にも意味がある」ACとしてフランクルを解釈する

悩めるあなたへ

これからお伝えするのは、ある有名なフランクルという心理学者の実体験から「生きる意味」について考えていきたいと思っています。

 

これはACだけでなく、人生に悩んでいる方、出口が見えないような悲観に暮れている方など、自分の現状に照らし合わせて解釈してもらうとわかりやすいと思います。

 

フランクルは、強制収容所という過酷な場所で3年間生き抜いた中での体験をしていますが、あなたの場合は過酷な家庭環境かもしれないし、過酷な人間関係の中にいるのかもしれません。

 

このような環境で、どのように生きていく意味を見つけたら良いのか考えてみましょう。

これからの文章は、「生きる意味」についてフランクルの考え方をひとまとめにしたものです。

 

『何か』があなたを待っている。

生涯、精神科医として迷える人、苦しむ人の心と向き合い続けたフランクル。その独特なアプローチは「ロゴセラピー」として体系化されています。 ロゴセラピーとは、「ロゴス(意味)によるセラピー(癒し)」という意味です。 ロゴセラピーでは、人がみずからの生きる意味を見出し、人生を紡ぎあげていくのを援助していくのです。

なすべきこと、満たすべき意味が与えられている。 この人生のどこかに、あなたを必要とする「何か」がある。 あなたを必要とする「誰か」がいる。 そしてその「何か」や「誰か」は、あなたに発見され実現されるのを「待って」いる。

 

「何か」があなたを待っている。
「誰か」があなたを待っている。

 

私たちは、常にこの「何か」「誰か」によって必要とされ「待たれている」存在なのだ。

だから、たとえ今がどんなに苦しくても、あなたは全てを投げ出す必要はない。
あなたがすべてを投げ出しさえしなければ、いつの日か、人生に「イエス」ということの出来る日が必ずやってくるから。

いや、たとえあなたが人生に「イエス」と言えなくても、人生の方からあなたに「イエス」と光を差し込んでくる日が、いつか、必ずやってくるから。

NHKテレビテキスト フランクル 夜と霧P32

 

この文章を読んで、「きれいごと」と感じる人もいるかもしれないですが、希望を持ち自分を諦めないことは、どんな苦境にいる私たちをも救うことができるように私は思えます。

 

ここからはフランクルの考え方を少しづつピックアップしていきます。

 

生きるための「無感動」

 

あなたは、自分の感情に何か悩んでいませんか?

このダイジョウ部に来ていただく方のかなり多くの方が、自分の感情がわからないとう悩みを持っています。
なぜ、感情を感じられないのか、不思議ですよね。

 

このフランクルが経験した強制収容所の中でも、感情を感じられないというかむしろ『感じないでいる』ことを選択する人が多かったそうです。「無感動」ですね。

 

確かに、強制収容所では目の前で今まで生きていた人が惨殺されたり、その死体の前で食事をすることもあるのですから、繊細な感情はある意味で、毒にもなるからです。

 

あなたの今までの経験も、感情を鈍くしておいた方が救われる可能性が高かったから、感情をあえて感じないようにする選択をして来たのではないでしょうか。

 

つまり、感情を感じられないあなたにとっても、「無感動」は過酷な環境を生き延びるための「生きる知恵」だったのではないでしょうか。

 

あなたは未来に希望を持てますか?

 

今の状況が最悪な方は、今よりも輝く未来を自分で感じられないから、最悪だと感じているのだと思います。

 

フランクルは、強制収容所を出てからは、自分が経験した「生きる意味」という内容の講演を苦しんでいる人に向けて実施しようと決めていました。だからこそ、過酷な状況を耐え凌いだのだと思います。

 

でも、フランクルの周りの人たちはもう少し小さな望みを持っていました。例えば、クリスマスになれば一時的に家族の元に戻ることができるかもしれない、などです。

 

でも、クリスマスは強制収容所の中だったということになると、がっかりします。もう無理だと思います。

このように、未来に希望を持てなくなると、生きる意味を失ってしまいます。
そんな中で、フランクルは強制収容所を出た後の希望を捨てずに、できることを続けていました。

 

あなたは信じるものがありますか?

本当に辛い状況の時に、何が自分を助けるのか実際になってみないとわからないかもしれません。

ただ、フランクルのような強制収容所では、持って生まれた体力などがある人が生き残りそうですが、そうでもなかったそうなんです。

 

それよりも、感受性の強い人、つまり宗教やスピリチュアルなことを信じている人の方が体力がある人よりも、静かに耐え忍んでいたそうなんです。

 

つまり、精神が破壊されなかったことで、生き延びることができたそうです。

 

これは、宗教があるとか家族がいるなどの形式的なものではなく、自分にとっての「生きがい」を持っているかどうかなのだと思います。

 

天使になりますか?悪魔になりますか?

 

強制収容所の中では、体力が落ちて食べる力のなくなった人から食べ物を奪い取る人もいれば、自分のパンを体力の弱った人に渡す人もいたそうです。
これは、同じ状況の下でも、悪魔になる人も、天使になる人もいるのだということなんです。

 

選択をすることのできない状況下で、私たちは天使にも悪魔にもなれるということです。

 

つまり、辛い家庭で育ったからといって、自分も悪魔になることもできます。でも、天使となって同じ経験をさせないように生きることもできるし、そしてさらにフランクルのように人を救うこともできるということですね。

 

フランクルによる3つの価値

 

フランクルは、たとえ強制収容所というような過酷な場にいても、これから申し上げる3つの価値のどれかがあれば、生きていけるといっています。

 

1.創造価値
2.体験価値
3.態度価値

 

1.創造価値は、仕事や創造活動などを通じて実現される価値のことです。
つまり、「やることがある」という心の支えだと思います。例えば「私の商品やサービスを待っている人がいる」といったものですね。
これは立派なものでなくて良いし、無理に見つける必要はないようです。
今、目の前にある「やること』を精一杯頑張ることで、転職や天命に繋がるものです。

 

2.体験価値は、自然とのふれあいや人とのつながりの中で実現される価値のことです。
これは、一人の力ではなく「何か」や「誰か」との出会いによってもたらされる価値のことです。
究極は「愛」ですよね。愛するパートナーを持った時、子供を授かった時の人の強さは計り知れません。
ただ、ACにとってはこの「体験価値」が低いところがネックになっている方も多いでしょう。

 

3.態度価値は、先ほど言った内容に似ていますが、いくら1.創造価値も、2.体験価値もなかったとしても、つまり何もないと悲観していたとしても、その状況でも天使にも悪魔にもなれるという考え方です。

 

私たちは人生から問いかけられている

 

「人間は常に人生から問いかけられている」フランクルはここにこそ、人間の本来あるべきあり方があると考えたのです。

 

そして、この本来のあり方から外れていくときに、人間は慢性的な欲求不満の状態に追い込まれていくと考えたのです。

 

そして、その欲求不満の高まりによって、自己崩壊し失敗や死を招くことを避けなくてはなりません。

 

そして、その答えは、自己実現や幸せを追求するといった、際限のないフワフワしたものではなく、「誰のために」や「何のために」というしっかりとした方向がある方が、悩みの淵から這い出すことができるとフランクルは語ります。

 

そして、その意味と自分の使命について「自分はどう生きるのか」と問いかけながら、目の前のミッションに取り組んでいくことしかできないように感じます。

 

今日のダイジョウブ!

 

フランクルの考え方は、ACにも多くのことを教えてくれています。
もしかすると、ACは「愛される」という体験価値は少ないかもしれないのですが、その割に繊細な感情や感受性は失っておらずに悩んでいる人が多いように感じます。

 

そして、この環境にいるということも、きっと人生からの問いかけがあって、あなたに「気付いて」という問いかけのような気がするのです。

 

ACの体験によって、というかACを理由に腐って悪魔になるのか、天使になるのかは自分次第です。

 

それこそ、「人生は私に何をさせようとしているのか」という原点に戻って考えてみたいですね。

 

私たちには、まだまだ大事なミッションがまだ残っているような気がします。

 

しっかり読んでみたい方は「夜と霧」を読んでみてください。図書館とか図書室にも多分あると思います(笑

 

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