“すべての教育は「洗脳」である”を抜粋してみた

“すべての教育は「洗脳」である”を抜粋してみた

すべての教育は「洗脳」である

すべての教育は「洗脳」である~21世紀の脱・学校論~ (光文社新書)

 

学校はゆがみきった「常識」を植え付けるために存在する機関なのである。

 

 

これはどういうことかというと

知識とは、「ファクト」を取り扱うものだ。主観の一切入り込まない事実(ファクト)にもとづく知。それが知識である。

一方、常識とは「解釈」である。主観の入りまくった、その時代、その国、その組織の中でしか通用しない決まりごと。それが常識である。

 

つまり、ただそこに存在するのが知識であり、だれかの手によって作られるのが常識だと考えればいいだろう。

では、なぜ学校は常識を人に押し付けようとするのか?

その常識によってどんな人間を育てようとしてしているのか?

一言で言えば、従順な家畜である。

社会は、とくに旧来型の企業では、従順な働き手を求めている。したがってその養成段階である学校で子どもたちは道徳規範を叩き込まれ、学力という形で「従順さ」に点数がつけられていく。

つまり学校はもともと、子供という「原材料」を使って、「産業社会に適応した大人」を大量生産する「工場」の1つだったのである。

そして今の子どもたちも、雇用者にとって管理が楽な「望ましい労働者」としての規格からはみ出ないよう、「常識」をせっせと教え込まれているのである。

「工場(企業)に勤め、たくさんのお金を稼ぎ、結婚して子どもを持つのが、国民として一番まっとうな人生だ」
産業革命時代に作られたこの価値観は、時代も国境も超えて、現代の日本まで脈々と受け継がれている。

 

国家・企業・学校は、今なお決して切り離せない鉄のトライアングルなのだ。

 

 

はっきり言おう。もう「学校」は必要ない。

 

 

学びとは「没頭」である

 

国民国家幻想の消滅は、社会から「幸福の正解」をも消し去った。
いい大学に進学し、いい企業に就職し、結婚ができれば安泰だという幸せのロールモデルはもはや機能しない。

今を生きる人たちが向き合うべき課題は、「いかにいい大学に入るか」ではなく、

いかに自分だけの幸福を見つけ、追求するか」なのである。

 

国家が設定した幸せのロールモデルをなぞるのをやめ、自分だけの幸福を追求する。それは、敷かれたレールに乗るのを拒否するということだ。

 

では、レールからそれた人はどうするのか。別のレールを探す?もちろん違う。自分で自分の行きたい方向を決め、ある時は徒歩で気楽に、ある時は自動車で軽快に、、ある時はヘリコプターで豪快に、そこへ向かうのである。

 

何のために何をするのか、どんな風にするのか、すべてを自分で決め、自ら責任を負いながら突き進む力。新しい時代を楽しく生きるために必須のこの能力を、僕はシンプルに「没頭する力」と読んでいる。

 

しかし今、多くの人たちがこの初期衝動を見失っている。

既存のレールに乗ることの無意味さには、とっくに気付いている。でも、自分でハンドルを握るには至っていない。自分は何がやりたいのか、何になら夢中になれるのかがわからない。そんな「自分探し」状態にある人たちを、僕は大勢見てきた。

なぜか?何にも没頭できていないからだ。
没頭できるものが見つからない理由を、彼ら自身はこう話す。
やりたいことをやるためのお金がないから。才能がないから。性格が冷めているから。勉強ができなかったから。周囲の理解が足りないから。

どれも大間違いだ。

没頭する対象なんて、その気になればいくらでも見つかるから。あなただってきっと、すでに出会っている。でも、自分で自分にブレーキをかけているのだ。

「こんなの、できっこない」と。

どうしてわざわざ自分にブレーキをかけるのか?答えは簡単だ。

「学校」でそう洗脳されたからである。

学校は、あの手この手を使って、子どもたちの欲望にブレーキを掛けさせる。そして、急ブレーキによって人生にエンストを起こさせるような介入のことを、傲慢にも「指導」などと読んでいるのだ。

 

ではどうしたらこのブレーキを解放できるのか、その答えは

「好きなこと」に没頭することだ。

何に挑戦したら良いですか?成功しますか?の質問に「知らない」という答えしかない。

ただ、一つだけ言えることがある。

僕は自分の「いいじゃん」という感覚を信じている

そして、その感覚に沿った自分の価値基準にも常に責任を持ち続けてきた。その結果がどうであれ、決してだれかのせいにしたりはしない。僕の判断を磨いてきたものがあるとすれば、その繰り返しではないかと思う。

 

投資などでは、「先読み」が大事だという。

では、あなたが先を読むべきなのは何か。

「自分」だ。

自分が求めているものは何か、やりたいことは何か。今この瞬間、どんな生き方ができたら幸せなのかを真剣に考え抜くのである。それが、あなたが何に資本を投じるのかを決める原動力となる。そして、没頭する力を解放し、その価値を最大化させるブースターとなるだろう。

自分の「これが好きだ」「これがしたい」という感覚を信じ、それに従って下した判断を誰のせいにもせず生きる。むしろ変化するのは正常だ。毎日、瞬間ごとに自分の判断を更新していくべきなのだ。

その覚悟があれば、未来予測など不要だ。

 

あなたは、「今」の自分を信じればいいのである。

 

 

抜粋ばかりになりましたが、ホリエモンさんがズバッと教育に切り込んでいたので、お伝えしました。ありがとうございました。

 

●オススメ記事

「ACでも生きたいんじゃ」自立のために必要な具体的方法

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
にほんブログ村